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西本聖先生の講演を聴いてきました

西本聖先生の講演を聴いてきました

千葉で長年の弊社お得意様ご主催で西本聖先生「指導者としてあるべき姿とは」と題しての講演を聴いてきました。

20年の現役時代の指導者と引退後7年間のコーチ経験と結果も出されたからこそ見えた「指導者」についての話。

選手の時に感じたこと。
「悔しさ」の無い人は成長しない
意地とプライドも必要

ジャイアンツに入団した時、長嶋監督が1年目にドラフト外(現在の育成枠)で取ってもらった。
この時のドラフト1位指名は定岡正二選手。
自分に力が無いからドラフトで指名してもらえなかったと思う。

理不尽に感じたコーチの言動
2軍時代、雨の日のランニングでコーチに「せめて室内(練習場)で走らせてほしい」とお願いしたら「ダメ」と言われた。
理由を訊ねると「試合は雨の日もある」と。
選手としては1軍昇格が掛かっている大事な時期に体調を崩したくないと思うのは当たり前で雨の中を走る必要があるのか?ないだろう?と思った。
が、コーチからすると「俺の言うことが聞けないのか?」となる。
すると言うことを聞かざるを得なくなるが、不信感だけが残ってしまう。

もう一つ。
練習の時に「自分でやりたい練習があるのでやらしてもらえないか?」とコーチにお願いすると「ダメだ、全員でやっている練習なんだから」と言われた。
選手はそれぞれ自身の長所短所、鍛えるべき所、やるべきことを自分で考えているもの。
こう聞き返した。
「あなたの言う通りにやって食えなくなったら一生食べさせてくれるんですか?」と。
答えに窮し無言だった。
結果コーチには西本は自分勝手でわがままな選手に映る。
自分としては若気の至りの部分もあったし正しいとは思っていないが、上に上がるためには自分で考え行動し何とかするしかない。

こういう経験をしたことで自分がコーチになったらどうすべきかを教えられたと思っている。

コーチ(指導者)がすべきこと
選手の為の「環境づくり」と「手助け」、そして「能力の把握」

阪神(星野仙一監督時)のコーチ就任し最初に選手たちに言ったこと。
①好き嫌いで選手を使わない。
②意見は意見として聞く、意見を文句とは捉えない。
③力の無い選手は使わない、だが力を付ければチャンスは与える。

そして選手のレベルアップを図り1年通して故障せず活躍でき、いかに潰さないよう疲労の蓄積を減らし早く回復させるために自身の経験から得た、当時日本のプロ野球に無かったシステムを2つ変えた
①練習後投手陣全員プールで肩の疲れを取るためにマッサージをしないでクールダウン
②試合前の練習が終わるとキャッチボール(約30分)が常識だったが、中継ぎ陣は6連戦初日だけにし残り5日は止めた。

②はキャッチボールが毎日の習慣だったから選手からブーイング。
それをなぜそうするのかをきちんと説明することで納得してもらった。
しばらく経ち「どうだ?」と訊くと「とても楽です」と。
少しずつそうすることで信頼関係を築いていった。
そして結果投手陣は1年間通じて皆故障することなく18年ぶりのリーグ優勝に繋がった。

前例が無いことをやろうとすれば必ず批判される。
しかし指導者は自分が経験し学び、正しいと信じたことは自信を持ち選手とよく話し合い理解し納得してもらえるよう努めることが最も大事

ロッテやオリックスのコーチの時には阪神での経験も生かしながら務めた。

厳しいことを言うのはエースに対して。
ただプライドを傷つけないよう2人でいる時にこういう理由でみんなの前で厳しいことを言うからと納得してもらえるよう配慮する。
そうしなければ他は付いてこない。

指導者の助言で結果が出せるようになると選手は付いてくる。
プランAで結果が出なければプランBをやってみようと思うまで説得し続けること。

オリックスの時には16年ぶりの防御率1位にもなった。

ある実績の無い投手に結果を残させるまでの軌跡。

指導者とは自分の指導が正しいかそうでないかの答えは選手が出してくれる結果でわかる
決して自分でそれを決めてはいけない。
自己評価は無い
結果が全て

最後に質疑。

毎年長嶋さんを囲んで「地獄の伊東キャンプ」参加メンバーで食事会。
「往復ビンタ事件」、逃げることが大嫌いな長嶋さんらしいエピソードを披露。

講演前後の時間で控室でたくさんお話をさせて頂くことが出しました。
私の西本聖先生のイメージですが「真っ直ぐ」、「誠実」、「努力」、「創意工夫」そして「信念の人」です。
私が言うのも変ですが「“静”のスポーツマン」という印象で、物静かですが内に秘めた闘志が感じられ、仕事(講演)に対してちゃんと結果を出さなければという責任感の塊といった方でした。
講演をより良いものにしたいという高いプロ意識に感心しました。
こういう意識をお持ちなので現役時代から成功されるのだなあとつくづく思いました。

経営者が対象でしたが心に響いたのではないかと思いました。

 

2016年12月 天達武史先生の講演を聴いてきました

2016年12月 天達武史先生の講演を聴いてきました

都内で長年の弊社お得意様ご主催で天達武史先生「天気の達人がみた、異常気象と地球温暖化」と題しての講演を聴いてきました。

自身含め気象予報士は傘を持たない人が多い。

でもやっぱり降られてしまい自宅にはビニール傘が15本くらいある。
傘を買う時は恥ずかしいが、(ギリギリまで降らないと信じ)勝負してしまう。

気象庁が出す天気予報で、翌日の予報が当たる確率は85%。
冬は西高東低で良く晴れるため90%以上の確率で当たる。
一週間後は75%、梅雨は60%と下がっていく。
といったことを踏まえての天気予報の見方を伝授。

名前が「天達」、天気の達人と書く。
達人ではないがここまで来られたのも名前のおかげ。
そして小倉(智明)さんのおかげ。
今もフジテレビの「とくダネ!」の天気予報を11年やらせてもらっているが、オーディションに受かったのは他の方と比べてとても優れていた訳ではないので名前のおかげだと思っている。

小倉(智明)さんとのエピソードも少し。

ゴルフで避難場所が無い雷の時の防御姿勢・・・耳を押さえ足を閉じ踵を付けてしゃがんで低い姿勢を取る。

取材で温暖化について調べに行った凄い所。(画像を見せながら)
-40℃のシベリア(サハ共和国)・・・市場で魚をフランスパンのように立てて売っている。(凍っているので)
-40℃を下回ると肺が凍傷になるので特殊なマスクを着用。
ここは夏には35℃を超え永久凍土が溶けて流出。
緯度の高いところほど影響を受けやすい。

異常気象の定義
その場所で30年に一度程度しか起こらない現象を言うが普通に起こるようになった。
最高気温も日本各地で毎年のように更新されてもおかしくない状態になってきている。

天気予報の用語解説を少しクイズ形式で。
「午前」・・・0:00~3:00
「明け方」・・・3:00~6:00
「朝」・・・6:00~9:00
「昼前」・・・9:00~12:00
「昼過ぎ」・・・12:00~15:00
「夕方」・・・15:00~18:00
「夜の始め頃」・・・18:00~21:00 ※以前は「宵の内」と言っていた
「夜遅く」・・・21:00~0:00

「所により」・・・予報する地域の半分よりも少ない地域で現象が起きる場合

お天気マークや天気図、降水確率とはといった、知っていそうで実は知らないことの解説。

ゲリラ豪雨は間違いなく増えており、夕立では済まされなくなっている。
これは明らかに温暖化の影響。

気象庁が発表する2016年天気の気象一字は「台」だった。
6月には発生ゼロだった。
こんな年は非常に珍しいが、それ以降たくさん発生し平年並みに。
そして北海道にも台風上陸、Uターン台風もあった。

山梨であった歴史的大雪の実話
孤立した所に5~6時間かけ自衛隊がやっとの思いで辿り着き、「物資を届けに来ました、孤立して大変だと思っていましたので」と言うと住人の方は「うちはいつも孤立してるから大丈夫だ」と。
こういう時の為にちゃんと準備をしてある地域だったので誰一人孤立しても困っていなかった。

テレビでは言えない(講演日以降)今週の詳細な天気予報。

地球温暖化(※1)の現状
地球の気温はこの130年で0.85℃上がった。
大したことない上がり方か?
人間の体温で考えると36.4℃が37.25℃になるのと同じだと思うとわかると思うが、地球も同様に意外とデリケート。
46億年の地球の歴史の中で0.85℃の上昇・下降は過去にもあったが3000年の間でのものだった。
温度上昇だけでなくそのスピードも地球に大きなダメージを与える。
このまま行くと今世紀末には最大で4.8℃上昇すると言われている。

このままのペースで温暖化が進んだと仮定しての「2100年天気予報」。
「2100年8月10日、今日の最高気温、高知県四万十市44.9℃、大阪43℃、東京43.6℃、今日までに全国で12万人が熱中症で搬送されています」

「明日の天気を見てみましょう。全国的に晴れるでしょう。最高気温札幌から福岡まで41℃以上でしょう」
気温30℃以上の真夏日は東京では105日(※現在の倍)、那覇では183日。
この他こうなるかもしれないという空恐ろしい(?)内容も。

こうならないための「原因と対策」のための「緩和と適応」についての解説。

このまま温暖化が進みCO₂ が増えるとどうなるかを聴衆の方にお手伝い頂き、ペットボトルと水とCO₂を使って意義深い実験

なるべく自然エネルギーを使い、CO₂を減らし、森林を増やす努力をしなければならない。

天達武史先生はテレビで見る「天達~~!」まんまの気さくで感じの良いお天気お兄さんです。
PPTを使い様々な画像などを見せながらわかり易く飽きさせずに進めるところはさすがです。

トランプ大統領がパリ協定の離脱表明したばかりで温暖化の問題も再クローズアップされていますが、本気で子々孫々に良い環境の地球のまま引き継いでもらえるよう今こそ世界中で本気で取り組むべき課題であることは間違いないと思います。

その根拠も明快に示してくれますので天達先生へ街中でも講演でも是非お声がけ下さい。

(※1)地球温暖化の原因となっている化石燃料について森田正光氏がわかり易く説明しておられますのでこちらもご参照ください。

 

2017年5月 井上和彦先生の講演を聴いてきました

2017年5月 井上和彦先生の講演を聴いてきました

神奈川県内で弊社新規お客様のご主催で井上和彦先生「日本を取り巻く安全保障環境」と題しての講演を聴いてきました。

奇しくも北朝鮮が新型ではないかと思われる弾道ミサイルをロフテッド軌道で発射したタイミングでの講演会となりました。

井上先生はよく「右」ですよねと言われるが、「右でも左でもなく仲良く」が信条だそうです。

テーマは堅いので内容も難しいのかと思いきや、難しい内容を子供にも理解できる例えで非常にわかり易く、正に「それってそういうことなのね」と腹に落ちる安全保障の講演です。
さらに今回は頭の悪い私が聴講に伺うということでよりわかり易いようパワーポイントでひと目見てわかるように作って来てくださいました。

ミサイルそのもので中国を狙える代物ではない地対空ミサイルであるTHAADを韓国に配備したことに中国はなぜ激怒したのか?
中国軍の動きを漏らすことなく収集可能な超高性能のレーダーとセットになっているから。
簡単に言うと自宅に高性能の監視カメラを取り付けたら性能が良すぎて隣家の風呂場が見えちゃうということ

今回のミサイルは2000km以上の宇宙から落下してきたが、そのスピードはマッハ7くらいと言われている。
これはウルトラマンやウルトラセブンが飛ぶ速度

昔はどこに飛んで行くかわからなかったので、後ろに位置するロシアから「こっちに来たら撃ち落とす」と言われ、海岸沿いから発射していたので、名付けて「あっち向いてホイミサイル」と呼んでいたそうだが、今は自信の表れからか西から発射し自国の領土上を飛ばし日本海に落とすということができるようになった。
昔はどこへ飛んでいくかわからなかったから怖かったが、今は正確に落としてくるので怖い。

自衛隊がいると戦争になるという人がいるが、消防署があったら火事になりますか?
交番があったら泥棒が走り回りますか?
万が一への備えは必要でしょう?
折り畳み傘を持ってきた人に「お前が折り畳み傘を持ってきたから雨が降ったんだ」と言っているようなもの

「駆け付け警護」とは?
今までの自衛隊のパターンはどんなに撃たれて血だらけになってボロボロになっていても自力で這ってでも病院に行ってくださいというものだった。
そういう時には救急車で迎えに行ってあげましょうというのが「駆け付け警護」。
つまりは人命救助だった。
当たり前のことをやろうとしていただけだった。
わかり易く言うと土砂降りの雨の中、軒先で雨宿りしている人に離れた所から「ここまで来てくれたら傘に入れて目的地までお連れしましょう」と言っていたものを軒先まで行って「どうぞご一緒しましょう」と言ってあげられるようにしただけ

シーレーンを東海道新幹線になぞらえ非常にわかり易くなぜ守らなければならないのかということを話された。

北方領土や尖閣諸島は資源とかエネルギーの問題ではなく、軍事的な問題が内在している前提で安全保障を考えなければならないということ。

集団的自衛権の話。
韓国および新大統領について。
中国が持っている観光客という“兵器” のこと。
カンボジア、ロシアへ行った時の話などなど。

さすが大阪のテレビ局で引っ張りだこだけあって、随所に笑いを鏤め飽きさせることなく、難しいといわれる安全保障の話をとてもわかり易く理解できるように話して頂けます。
講演前に控室でご主催の社長様と記念撮影に気軽に応じられ、色紙も快く書いて下さいました。
笑える所や支障がありそうで書けなかったことも多々ありますが、政治家が井上先生のようにわかり易い言葉で国民に説明できるようになって欲しいと真面目に思いました。

安全保障の“翻訳家”と言っても過言ではないと思います。

2016年12月 村口史子先生の講演を聴いてきました

2016年12月 村口史子先生の講演を聴いてきました

都内で弊社お得意様ご主催で村口史子先生「私とゴルフ」と題しての講演を聴いてきました。

中学から高校(習志野高校)1年までバレーボールをやっていたが挫折し辞めてしまった。
就職も証券会社を失敗し、友人の紹介である会社に就職できたが、OLに向いていない。
どうしようか思案している時に「ゴルフやってみれば」と誘われた。
お父様がゴルフ好きだったが、自身はそれまで全く興味が無かった。
当時テレビで男子のゴルフ中継を見てもボールを置いて打って、歩いて行き、待っている間にタバコを吸っていて、これのどこがスポーツなのかと思っていた。

でも仕事のあまりのつまらなさにゴルフショップでピッチングとアイアンの5番と7番を買って一人で練習場へ行くようになった。
球技(動いている球)には自信があったが、止まっている球にうまく当たらないことに驚いた
今でもその衝撃的なゴルフとの出会いを覚えている。
それからちゃんとレッスンを受けようと最初にレッスンプロに教わったのが、その後ずっと師弟関係となった千葉カントリークラブのヘッドプロだった郡司洋(故人)氏。

当時は18歳から始める人もいて「これだ、プロゴルファーになりたい」と思った。
ルールも知らず、コースにも出たことが無いのに。
そして師匠に「プロになりたいです」と言ったら「プロゴルファーは大変だからやめた方が良いよ。女の子はお嫁に行った方が・・・」と言われても何度もお願いをしていたら、「血液型は何型だ?」と訊かれ「B型です」と答えたら「じゃあうちへ入れ(千葉カントリークラブの研修生)」と。
その当時のトッププロ(青木功氏、ジャンボ尾崎氏など)にB型が多かったからという理由。

ただし5年というプロテスト合格期限を設けられた。

名門コースのキャディから始めることになるのだが、なんと初日にあり得ない格好のジャージで行ってしまった
研修生は昼間キャディをし夕方からのコースが空いている時間に練習をする毎日。
2か月ほど経ちコースに出してもらえることになり、先輩がマークした100円玉をお金が落ちていると勘違いして拾ってしまい大失敗
そんなスタートだった。

同門には不動裕理選手。
彼女は村口先生が賞金女王になられた1999年の翌年2000年から2006年まで連続で賞金女王。

期限ギリギリ5年目の最後のプロテストのエピソード。

韓国選手が出てきた時のカリー・ウェブ選手の言葉「思い込み、勘違いしている選手が凄く強い」。
古閑美保選手がラウンド中に言った言葉「私の人生でうまくいかなかったことは何一つない」。
ことほどさように勝てる強い選手は切り替えが早い

プロになった翌年にサントリーレディースで初優勝したが、キャディにご祝儀をあげるということを知らずに帰ったら催促の電話が来たりと、プロになっても知らないことがたくさんあった

優勝の副賞について。
車はもらって家族が乗ったりすることもあるが、約60%で現金で頂いたりもする。
キャットレディースの副賞はユンボ。
これはお世話になっているゴルフ場にあげたり、震災被災地に寄付したり。
唯一木村敏美プロはご自身で使っている。
ヤクルトレディースを勝った時は「ヤクルト1年分」で、一度に1年分送られてきて、賞味期限があるのであわててご近所に配りまくった

94年にシード落ちも経験。
99年に賞金女王になったが秋口から腰痛で満足にスイングもできない状態。
翌年は賞金女王になったことで試合を休めず腰痛が悪化。
04年にシード権を持ったまま引退。
その時に師匠の郡司プロから「おめでとう」と言われ、とても嬉しかった。

 

人生良いこともあれば悪いこともある。
悪いことがあったときに必ず良いことがあると思って、切り替えて前に進むことが大切なのではないかと思う。
栄光と挫折の両方を経験され頂きを見た村口先生の言葉は重いと思いました。

ゴルフは生涯スポーツ。
引退しても楽しんでいる。

先生のお父様の知人でもある93歳の石井朝夫プロとゴルフの約束もした。

チバテレビ「村口史子のグッドゴルフ」エピソード。
ストレッチや練習方法の指導。
もちろんワンポイントレッスンも。

上手くならなくてもいいですから是非グッドゴルファーになってゴルフを楽しんで下さい、と締められた。

講演中にはにかむように笑うところがとてもチャーミングで、ゴルフ好きにはたまらないと思います。

会場によってはゴルフクラブを振れない所もありますのでそのあたりのご確認を忘れずになさって下さい。

2017年2月 福田正博先生の講演を聴いてきました

2017年2月 福田正博先生の講演を聴いてきました

埼玉県内で弊社の長きにわたるお得意様ご主催で福田正博先生「目標達成への道のり ~どんな状況でも諦めず、最善を尽くすこと~」と題しての講演を聴いてきました。

今回は対象となる聴衆が小学校高学年~中学生および親御さんとサッカー指導者という三層に分かれ非常に難しかったと思いますが、冒頭で共通の話題である浦和レッズの当日の試合結果を伝え、どういうメンバーでなぜそういう構成だったのかを理路整然と説明し納得させしっかり掴まれた。
もちろん今年のレッズの戦力分析も。

そして福田先生の現役時代を知らない子供たちに向けダイジェスト版自己紹介VTRを観てもらいながら解説入りで。
さらに「絶対外れませんからゴールは。入るものしか編集していませんから。安心して見て下さいね。」と会場が和やかになる笑いも。

同級生に50歳の今も現役のカズ(三浦知良選手)、1つ下にゴン(中山雅史氏)、2つ下に北澤豪氏。

プロ野球選手を目指していたのになぜサッカー選手になったか?
恩師とのエピソード。
そして上手くなるために練習の大切さを子供たちに伝えることも忘れない。

一番影響を受けた指導者ハンス・オフト監督は何をさせたか
「無い」ものを探さない(=できないことをできるようにしようとしない⇒自信にはならない)。
「ある」もの(選手たちが持っている得意なもの)で勝負することで自信を持たせた。
そして7年間勝てなかった韓国に勝った。
成功体験を積ませることが大事だということを教わった。

「人間は汗をかくし疲れるけど、ボールは汗をかかないし疲れない」という言葉がある。
韓国と対戦する時に忘れていた言葉。

良いところを見つけ伸ばす、たったそれだけでアジアで勝てるようになった。
自信を持たせることを徹底してやってくれた。
日本(代表)にとって大きな転換点となった。

得点王になった年、32得点(50試合で)。
それまでの2年間は年間で3~5得点。
なぜ急に増えたか?
サッカーというものを理解したから。
90分の内ボールを持っている時間はせいぜい2~3分。
87~88分はボールに触っていない時間。
この時間に「準備」ができているかが重要。
「準備」とは周りを信じボールが来なくても、良い(シュートし易い態勢が取れる)ポジションを取り続けること。
これに気が付くと点が取れるようになるが得点王にはなれない。
これに加え「切り替え」が必要
失敗した後にいかに早く切り替えられるか。
シュートは8~9本に1本しか得点にならない。
ほとんどが失敗。
だから決定的チャンスを失敗してもいかに早く切り替えて忍耐強く準備して待つことができるかどうかが大事。
切り替えは試合前から最悪を想定して準備できること。
自身は元来とても苦手だった。

引退後の現在。
テレビに出て解説なども。
「解説者 松木安太郎氏」は「応援解説」という解説の新ジャンルを開拓された。
いきなりああなったのではなく、ちゃんとした解説をやられていてあそこに行きついた。
つまり基礎基本があってオリジナルを生みだしたスゴイ人
目的とその為の方法をきちんと理解されているからこそ成功された。

サッカー指導者として子供たちに教えている。
「どうやったら上手くなれますか?」と訊かれる。
それにどう答えるか。
「たくさん練習すること」
そのために何をどうするか?
練習できる体力が必要で、そのために寝ることと食べること(睡眠と栄養)が重要。

特に食事は楽しくすることでより栄養が吸収できる。

練習の時にすること3つ。
①観る・・・真似することで技術が身に付く
②考える・・・なぜ成功したか、なぜ失敗したか、特に後者を
③探す・・・誰にも負けない自分の得意な“ある(持っている)”ものを
③がプロにとって最も大切。
これを磨くことで「自信」が付き「勇気」が沸き、「目標」が見つかり、「やりがい」が見つかる。

プロの世界でやっていくためには「運」
待っていても来ないので自分で引き込まなければいけない。
引き込むには3つ。
①「思い込む」(事実を受け止め良い方に前向きに捉える)

②「今最善を尽くす」(今変えないと未来は変わらない)
③「笑顔」(強張っている時は力んで実力を発揮できない)
③が最も重要。
難しい顔の人には近付きたくない。
笑顔の時に人はリラックスしている。
そして笑顔の人の周りに人が集まり情報も運も寄ってくる
と「笑顔」で講演を終えられた。

子供たちにも大人たちにも十分過ぎるほど心に響いたのではないかと思う。
もちろん経営者に共通する課題解決に向けた気付き、トップとしての資質・姿勢やメソッドを選手時代から現在の指導者という立場を通じての普遍的な深いメッセージ性を感じられた心に残る講演だった。

聞き易い声質で話も上手で論理的に進められるのでとてもわかり易く、私は「第二の松木安太郎」にぜひなって頂きたいと思いました。
控室でも笑顔で接して下さり爽やかなスポーツマンというイメージそのままの先生でした。
今後は経営者向けの講演の需要が増えること間違いなしだと思います。
元アスリートの講師の講演を聴く度に、「スポーツを通じてしか伝えられないものが確かにある」ということを再認識させられます。
聴衆の対象を問わずオールマイティに柔軟に内容を変えて頂けるので、是非お聴き頂きたいお薦め講師のお一人です

2016年12月 西成活弘先生の講演を聴いてきました

2016年12月 西成活弘先生の講演を聴いてきました

12月に都内で、長年の弊社お得意様ご主催で西成活弘先生「万物は渋滞する ~シゴトの渋滞解消の法則~」と題しての講演を聴いてきました。

渋滞といえば車だが人やモノ、仕事の渋滞も。
忘れっぽいのは神経細胞の渋滞。
その神経細胞の上にキネシンというたんぱく質があるが、このキネシンの動きが悪くなると忘れっぽくなり、完全に止まるとアルツハイマー病。
アルツハイマー病の治療と渋滞の解消は同じ

世の中渋滞だらけ。
ある分野で解決できた知恵で別の分野の問題が解決できることも多々ある。

自然界は知恵の宝庫。
(例)魚の群れ
様々な渋滞解消の事例。

仕事の渋滞の解消。
東大の事務の改善を任され2年間抵抗勢力と闘いながら成し遂げた経験。

2つのクイズ(スミマセン、かなり端折りました)
①折紙で10羽の鶴を折る際の時短法。
②10枚の資料を500部作成する場合の時短法。(DM会社で流れ作業の中でのもの)
①(まとめる)と②(50部を次々作る)では矛盾するやり方。
なぜ仕事のやり方が違うか?
①は待っている人がいないが②はいる。

  • ①の場合はまとめた方が圧倒的に早い。

改善方法として「待つ(待たせる)時間」をなくす。

なぜ渋滞が起こるか?
理由は2つ。
外的要因(ボトルネック型・70%)と内的要因(メタ安定型・30%)。
メタ安定とは?
安定に見えるが実は不安定な状態を言う。

蟻は渋滞しない
蟻はある程度混むと間を詰めない。

様々な実験結果を総合すると、早く目的地に着きたければゆっくり行くこと。
燃費も40%も良くなる。
なのに現実はなぜできないか?
割り込まれるのでそこで終わってしまうから。

Bull-Whip(牛の尾)効果について。
渋滞現象は全てに共通している。
仕事の交通量と密度をグラフで表すと組織の渋滞がわかる。
経営者は仕事の密度の見極めをし、メタ安定にならないようにしなければならない

「ゆとり」を導入し「ムダ」を無くそうとして大失敗
その後ムダを定義していないことに気付き、仲間を巻き込んだムダ取り学会を作りムダを定義付け「ゆとり」を「科学的ゆとり」に変えた

無印良品の好事例
松井忠三氏の凄さ。

広島県のある高校で昼食後の授業で生徒が寝てしまうので「眠いなら寝させちゃえ」と寝かしたら誰も授業中に寝なくなった。
さらにその最も有効な睡眠時間が12分だった。
これを「科学的ゆとり」第1号に認定。

ありえない逆をして成果を出す、損して得するという「科学的ゆとり」に関する著書を5月に刊行という宣伝も挟みながら。

真の効率化とは「バケツリレー理論」
経営に科学を取り入れ「利益」より「永続性」を優先することが最も大事なのでは。
ホッケに見る自然の利他行為を参考に。
短期的視野で部分最適と利己を追求する会社は無くなる。

もしかしたら一見コワモテに見えるかもしれない西成先生ですが、もちろん全くそんなことはなくちょっと甲高いよく通る声の実は優しい先生です。
ここではご紹介できないのが残念ですが、“企業秘密”や面白動画・画像もふんだんに使用され、時には東大教授とは思えない砕けた笑えるネタをちりばめ、興味深い内容と目から鱗話をわかり易く理路整然と話され、納得・充実のあっという間の90分でした。
あとでWikiを見ると「趣味はオペラ鑑賞とアリアを歌うこと」とあり、やっぱりアリ好きなんだと妙に納得してしまいました。

2016年11月 ガッツ石松先生の講演を聴いてきました

2016年11月 ガッツ石松先生の講演を聴いてきました

11月に都内で、長きにわたる弊社お得意様ご主催でご指名されたガッツ石松先生「笑いは健康のOK牧場」と題しての講演を聴いてきました。

タクシーの運転手さんに「そこを右に左折してくれる?」と言ったとか言わなかったとか、でスタートし場内大爆笑でまず掴みはOK(牧場)。
「普段から面白いんだけどいたって真面目です」と。
そして「わが人生をお話ししますが真面目な話になりますので最後までお付き合い下さい」と。

笑顔は挨拶
鏡の中の自分に笑い掛けると笑い、ブスッとするとブスッとするように、相手に対しても同じ「顔は心の窓」

成功とは失敗の大きな山の中に咲く成功という一輪の花に過ぎない
失敗から学び続けた人生だった。
哲学的なことも。

栃木では幼少期からどのような環境、両親や兄弟の中で育ってきたか、どんな子供だったかなど。

中学卒業後上京し、住み込みで働きながらプロボクサーを目指したこと。
そこで良き指導者、トレーナーとの出会いがあった。
女優の“梶芽衣子”さんに似た超美人の奥様との出会いもこの頃。
確かにご子息(ガッツ石松先生のマネージャーでこの日も同行)がかなりのイケメンですので間違いないと思います。

世界チャンピオンになるまでの道程。
ガッツポーズ誕生秘話。
引退、そしてその後。
引退後も失敗だらけ。

橋田寿賀子さんとご主人との出会いから俳優として活躍。
撮影エピソードも。

衆議院議員に立候補し落選した話も明るく話された。

ガッツ石松先生の座右の銘とも言うべき「人間万事塞翁が馬」の語源を解説され講演を終えられ、最後に質問に答える形で「OK牧場」誕生エピソードを話された。

さすがスポーツマン。
礼儀正しく非常に真面目でよく勉強され色々なことをご存知で人柄も良く大変優しい方でした。

また控室でも色々なお話しをさせて頂き、とても気を配られるクレバーな方だという印象を持ちました。
私としてはもう少し数多あるやんちゃ時代の“ガッツ石松伝説”をお聴きしたかったなぁと思いました。

2016年11月 中畑清先生のトークショーを聴いてきました

2016年11月 中畑清先生のトークショーを聴いてきました

神奈川県内で、長年の弊社お得意様ご主催で、中畑清先生「話も舌好調」と題してのトークショーを聴いてきました。

進行役はは元日本テレビアナウンサーでジャイアンツ戦の実況を長くされておられた吉田塡一郎氏

中畑氏は神奈川県にご両親も祖父母も戸塚のお寺にお墓があり、いわば地元。
なるべくして横浜ベイスターズの監督になった。

高田繁GMが横浜DeNAベイスターズの監督就任要請に来られた時のエピソード。

お互いに自宅が近いということもあったが、なんと高田GMはママチャリに乗って来られた。
しかもご自宅の庭でとれた枝付きの甘柿を持って。
さらに「ある人と交渉中だが、もし破談になった時の保険なんだけど」と言われ、二つ返事でOKし翌日に監督就任となった。
大どんでん返しだった。
「実はあの柿が契約金だった」と大爆笑を誘う巧さ。

原辰徳氏とのエピソード。
お互いが監督になってずいぶん話し、色々なことを教わり勉強させてもらった。
原氏は「勝つ」ということにかけては凄い監督

高橋由伸監督に「今期よくあの戦力で2位になったな」と言うと「中畑さんだから言いますけど・・・」と愚痴っていたが、「俺を信用するヤツはあまりいない、珍しい」とちゃんとオチを付ける。

ドラフトの時にGMからは誰を指名するかといった情報は何も教えてもらえなかった。
監督に教えると漏れるから。
「だって知ると喋っちゃうもん、黙っていられないから」とまた笑いを取る。

筒香選手について
シーズン前に「4番にできなかったら責任を取る」とまで言い切って使い続けた。
キャプテンにして本当の意味でチームの柱になって欲しかった。
リーダーシップを取るという自覚を持って。
今シーズン(2016年)(本塁打を)44本打った。
彼の偉い所は2015年に2年連続3割、本塁打24本打っても自己満足せず、本来ならバラ色のオフを過ごせるにもかかわらず、自分を見失ってはいけないとオフに単身ドミニカに1か月行った。
そして44本、3割2分2厘、110打点で本塁打、打点の2冠という自己最高の成績を残した。
人間的に大きく成長した、褒めてあげたい
これからもっともっといい選手になっていくと思うし、今後の成長をとても楽しみにしている

監督時代は言行一致を心掛けた。
そうでないと誰も付いてきてくれない。

長嶋さん、王さん、藤田さんから多くを学んだ。
監督として凄いなと思ったのは藤田さん。
サラリーマン経験があり、ONと違って花道をずっと歩いてきた方ではないので人の痛みがわかる、情の深い方。
目配り、気配り、思いやりが半端ない。
特に裏方さんに対する配慮が素晴らしかった。
ベンチから観察して勉強になった。

長嶋さんは「直感力」と思われがちだが、ONともにデータ重視型
藤田さんこそが「直感力」の人。

それがあったからこそ最下位・5位・5位・最下位だったけれどファンの皆さんからは辞めないでと言われ、ある程度の評価を頂けたのだと思う。
ファンの皆さんからの声は本当に嬉しかったし、辞任会見を終えて外へ出ると3000人ものファンがいて感動して涙が出た。
ここで吉田氏がタイミング良く「もう一回戻って来て、ということでしょう」と合いの手。
2004年アテネ五輪で長嶋監督が病に倒れた後監督代行として指揮を執り銅メダルを獲得した時のエピソード。
みんな頑張っての結果なので胸を張れる銅メダルだったのだが、金メダルを持って帰れば長嶋さんの病気が治ると信じて戦ったが銅メダルに終わった。
それができなかったことが今でも心残り。

選手時代に長嶋さんが監督の時、ある試合で1回終わって0-1で負けていて2回表に「なぁ清、今日は負けだな」と言われ、まだ2回でこれから反撃しなきゃいけないのに監督がそれ言ってどうすんの?と思ったが、自分もチャンスに打てず結果は本当にそのまま負けてしまった。

その他長嶋さんの大爆笑エピソードをいくつか披露。
普段は「プレッシャーを楽しみなさい!」と言っていた長嶋さんがオリンピック予選で無事3連勝した後、初めて「清、これがプレッシャーなんだな」と言ったほど日の丸を背負うということは重い

最後に長嶋さんの近況の話の中で順調な回復ぶりを話され質疑に応じて下さった。

控室でも舞台でも明るくにこやかに裏表の全く無い中畑先生。
サインや写真を頼まれても笑顔で全て終わるまで対応されていた。
サービス精神旺盛な人柄も素晴らしいスポーツマンです。
吉田氏も中畑氏の話が脱線しそうになると上手に修正して下さり、さすがアナウンサーだと感心しました。
楽しい90分があっという間に過ぎてしまいました。

2016年10月 秋川リサ先生の講演を聴いてきました

2016年10月 秋川リサ先生の講演を聴いてきました

10月に神奈川県内で、長年の弊社お得意様ご主催で、秋川リサ先生「元気なうちに家族で話し合おう介護について」と題しての講演を聴いてきました。

開口一番「なぜ私が介護の話なのか?」
82歳で認知症を患い89歳で今年(2016年)6月に亡くなった母。
在宅介護2年、施設での介護5年。
長生きするのも大変だとつくづく思う。

認知症の分類、症状など。
認知症の母が近所に買い物に行くと、「娘がご飯を食べさせてくれないの」と言っていた、15歳から働いて母を養ってきたのに。

また、昔から好きな男性ができると家を出て行き、最後は78歳の時に82歳の男性を好きになって家を出て事実婚をしたこともある自由奔放な母。
そして82歳で認知症になり戻ってきた。
当初「要介護1」、6か月後「要介護3」
「私は誰?」、「ここはどこ?」、「あなたは誰」となっていく。
母がそうなるまでは他人事だった。

さらに、トイレが間に合わなくなり汚物が部屋にあり訊くと犬のせいにする。
お茶を淹れようとやかんを火にかけるが空焚きする。
ガスの元栓を締めると新聞紙丸めて火を付ける。
昼夜の観念が無くなり、夜中の通販番組を見て5分おきに注文。
商品が大量に届き、通販会社に電話し「同じ人が同じものを同じ日に何度も注文しておかしいと思わないのですか?」と質すと「大変お気に召して頂いたものと・・・」と言われたこともある。

「あの人寝たきりのおじいちゃん置いて、よくこんなとこ(カルチャーセンター)に来られるわよね?ひどいわね」と言う人が時々いるが、大きなお世話。
介護はいつ終わるかわからない。
する方も大変。

施設の種類、現状について。

日頃の近所付き合いがとても大事
認知症JR事故の最高裁判決(逆転無罪)にも触れ、徘徊されると家族は24時間態勢で見張ることはできない

特養は入居まで早くて4年と言われている。

これでは介護する側が先に参ってしまう。
すると有料老人ホーム。
だいたい月に25万円程度掛かるとすると、一人っ子同士が結婚しそれぞれの両親が入所すると月額約100万円、とても負担できる金額ではない。
いかに将来が不安か。
これでは子供にお願いできない。

「どう死ぬか」ということは「どう生きるか」ということ

母が亡くなった時精一杯のことはしたという自負があったので、正直な気持ちホッとした。

母が最期に認知症という現実を見せてくれた。
実の親子だから面倒臭いし、別れられない。
残念なことだがお金は掛かるという現実がある。

母の死後、縁あって対談した施設の社長さんから「働いてみますか?」と言って頂き、介護施設で週3日、行けない日もあるが東京都の最低時給で働かせてもらっている
なぜ働くか?
私の介護は良かったのか?本当の介護って何だろう?ということを知りたくなったから。
来春までにちゃんと資格を取ろうと勉強している。
介護は究極のサービス業だが、介護士の給料が低過ぎて唖然とする。
もう少し何とかならないのかと思う。
入居者やそのご家族も彼らに笑顔でありがとうと言ってくれるだけでどれだけ救われることか

元気なうちに若い人たちと仲良くして新しいものにも興味を持って飛び付くことが大切
SNSをやっていると徘徊された時に捜せて便利ということもある。

息子が「お母さんが認知症になったらどうすればいいんだろう?」と言ったら、娘が「お金だけ出して口出さなきゃいいのよ」と。

施設は決して姥捨て山ではないので、元気なうちに自分で決めておくこと。
そしてどうせ施設に入るのなら感謝して楽しみましょう、と括られた。

毎年介護離職者が10万人と言われている昨今、介護は他人事ではなく誰しも自分が「する側」となり、その後は「される側」になる可能性があるという認識を持ち、仕事を辞めずに済むように社会も会社も受け入れ、態勢を整えることが必要だと考えさせられた。
また、今回の聴衆の方々は「される側」に近い年齢層だったが、施設で働いている方や「する側」のご家族向けの視点での内容のものもあり、介護の実体験だけではなく施設で現在も勤務し、介護をライフワークと公言しておられる秋川リサ先生のお話は愛と優しさいっぱいの毒舌ではありますが、自身をさらけ出されるのでなぜか憎めない心温まる講演です。
知名度に照らしコスパも申し分ありません。
リアル介護の話を聴いてみませんか?

2016年10月 福岡政行先生の講演を聴いてきました

2016年10月 福岡政行先生の講演を聴いてきました

10月に都内ホテルで、弊社お客様ご主催で、福岡政行先生「今後の政治と経済の動きをよむ」と題しての講演を聴いてきました。

前日九州で羽田空港からご自宅経由で会場入りされ、講演終了後は翌朝の授業の為仙台入りされるという多忙な中にもかかわらず懇親会にもご出席頂きました。
会場のホテルは学生時代の思い出がたくさん詰まった懐かしい所だという話を控室でされ、主催者の皆さんとも和気あいあいと談笑、そして記念撮影とにこやかにご対応下さいました。

また、大昔の話ですが私の友人2人の家庭教師が福岡先生だったこともあり、妙に親近感が湧きその話で盛り上がりました。

講演の方はまず北方領土小池百合子都知事、天皇陛下の生前退位の話。

引き続き米国大統領選アベノミクスデフレ蓮舫氏松下政経塾のこと。

さらに安倍総理後の候補について。

その中の一人、小泉進次郎氏と東北の仮設住宅の集会所で会った時のエピソード。
手土産も持たず、出してもらったお茶を飲み、おばあちゃんからおやつを貰って食べて一礼して帰る。
他の議員はこれ見よがしにたくさん手土産持って渡すところを秘書が写真撮影し、わずか10分の滞在、翌日にはホームページにUPして宣伝するが彼は一切しない。
そこが良い所。

他党の政治家の話、米国、ロシア、中国等との外交について。
安倍総理にはブレーンがいない。
田中角栄氏には“鉈”の金丸信氏、“剃刀後藤田”と言われた後藤田正晴氏という懐刀がいて意見を聞いた。

2025年問題
団塊シルバーが後期高齢者になる約10年後。
長生きはして欲しいが「長寿」は「長苦」という感覚に持って行かなければならないかもしれない。
約10年後に消費税は20%まで行くだろう。
竹下登氏が総理の時に「消費税が10%になった時に軽減税率を導入することになっている」と言われ、政治とはそういうものなのだと思った。

東京と名古屋圏以外は人口も減少しやっていけなくなるだろう。
人口減が進む以上、5万人以下の市町村の合併を進め、効率的に運営するしかない。

AI(人工知能)、IoT、ICTを活用し、省力、省人化しなければならない。
つい先日も「地方の金融機関は無くなる」という記事が複数同時に出た。

今の政治家には未来志向がない
ユニクロの柳井正氏「NEXT ONE」、「NEXT SOMETHING」ですと言っていた。
10数年前、城山三郎先生が講演の中で「時代を生き抜いてきた人間は高感度のアンテナで時代の周波数を見極めている」と話されていた。

福岡先生は現在、名前だけで何もしない名誉教授“である”ことよりも、学生に教える(“する”)ことを選択され、結果を出せるリーダー育成に取り組まれておられる。
結論、「“である”価値より“する”価値」と結ばれた。

講演では実名を出され過激に聞こえてしまうことを言われるので、詳細は書けませんでしたがご容赦頂けますと幸いです。

著名人、著名企業、役人など政治、経済関係に留まらず友人・知人・後輩・教え子・お弟子さんが多岐に渡り重要な地位を占める多数の人脈を持ち、ボランティアにも注力され、空手三段で、「可愛くて仕方がない」9・6・3歳のお孫さんたちの良き“ジイジ”の福岡先生でした。

2016年9月 伊藤元重先生の講演を聴いてきました

2016年9月 伊藤元重先生の講演を聴いてきました

都内で、長年の弊社お客様ご主催で、伊藤元重先生「日本経済と不動産業」と題しての講演を聴いてきました。

まずはわかり易く日経平均、株、マイナス金利、日銀、国債などの解説や見通しに加えて聴衆が不動産関係の方々であることからJ-REITについても。

量的緩和を減らしマイナス金利をもう少しやるのではないか。
経済の浮上を待つために超低金利は当分続くだろう。

不動産業界においては伸びるものとそうでないものとが顕著になるだろう。

成長戦略で最も大事なことはグローバル化

改造したばかりの内閣での注目の大臣について。

OECD、先進国35か国の中で、日本の女性が最も睡眠時間が短い
ドイツは日本より労働時間が2割少なく働き、5割も労働生産性が高い
これからの日本はワークライフバランスを進め、女性とシニアに働いてもらい、欧米の男性の半分しか家事をやらない日本の男は、もっと家事をしなければならない

今後、企業の最大のポイントは「人」(の確保)
毎年1%ずつ労働人口は減っていく。
つまり目安として年3%昇給ができないと人の確保は難しいということ。

付加価値労働生産性を上げない企業は生き残れないだろう。

最後に世の中を一番変える動きについて。
これはAI(人工知能)、IoT、ビッグデータなどなど。
凄まじい勢いで変わっていく。

一例だが、情報が「金融」を変えてしまう。
世界最大の銀行、JPモルガンがインタビューにこう答えている。

5年後の最大のライバルはゴールドマンサックスや三井住友などの既存金融機関ではなく、グーグルだ、と。
そしてアップルだ、とも。

フィンテックにより金融が大きく変わっていく。
金融機関以外が顧客の信用情報に基づき独自にお金を貸すようになる。

その他にもものづくりや医療なども情報化の進化により変わる。

最先端の情報をアルファ碁の話や10年後にはスマホに日本語で話し掛けると英語になるといった「完璧な翻訳機」が出現するといった話を交え、わかり易く興味を持ってもらえるように、これから来るであろう近未来の様子が目に浮かぶ内容で、さすがにあらゆる分野に精通され、飽きる事の無い90分でした。

不動産業界に特化した内容も織り込んで頂き主催者の方々にも大変喜んで頂けました。

2016/9/2 朝原宜治先生の講演を聴いてきました

2016/9/2 朝原宜治先生の講演を聴いてきました

9月2日に都内で、弊社お得意様ご主催で、朝原宜治先生「夢を追いかけて ~諦めなければ夢は叶う~」と題しての講演を聴いてきました。

リオ五輪の余韻タップリのタイムリーなタイミングで、正にベストチョイスの講師でした。

控室で朝原先生とお話しする中で、「今100mをどのくらいのタイムで走れますか?」と訊ねましたら「12秒台でしょう。ただ一週間トレーニングすれば11秒台、6か月トレーニングすれば10秒台は出せます」と自信満々に答えられ驚きました。
朝原先生は既に44歳ですから。
ただ最後に笑顔で「6か月もトレーニングできませんけどね」と言われたので少し安心しました。

さて講演の方は、まずリオのリレーの話から。
リオの400mリレーチームが銀メダルを獲得。

北京の時は先輩たちの思いや技術や経験を引き継いで、ここ(銅メダル)まで我々は来たということを、本音でメンバー皆が言っていた。

リオにもバトンを繋ぐために様々なことが引き継がれてきている。

リレーはタイムが速い者だけ集めれば良いというものではない
第一走者からアンカーまでそれぞれ特徴があり、それを上手く活かせたら良いパフォーマンスに繋がる。
北京とリオでのそれぞれのメンバーの役割と特徴の解説。

今年のリレーメンバーはサブがとても充実していた。
怪我をしたり調子が悪いと代えられるかもしれないという危機感をメンバー同士が持ち、良い緊張感の中でオリンピックを迎えられた。

現在のリレーチームはもの凄い良いチームになりつつあり、若手もどんどん育ってきており2020年の東京が楽しみ。
もしかしたら金メダルが現実になるかもしれないくらい。

「バトンパスについてはリオ五輪期間中にTVで100回くらい説明したので割愛します」とウケを取られ、日本チームのバトンパスの何が凄かったかを具体的に解説。
また、自身のロンドンの時との違いも。

リレーでのバトンは1走は右手、2走は左手、3走は右手、4走は左手に持ったままというのが主流。
アンカーのウサイン・ボルト選手だけはバトンを持ち替える。
その方が走り易いかららしいが、本来はタイムロスに繋がる無駄な動き。

アメリカチームはバトンパスが超下手。
北京五輪の時にはバトンを落とし失格に。
何とこの時のアメリカチーム(男女ともに)のゼッケンが手書き。
オリンピックではあり得ないこと。

帰国後、日本のリレーチームが外国人記者クラブに招かれた時、この4人で東京オリンピックに出場する確率を訊かれ「40%」と答えていた。
4年後に皆いるのかと思うと、そんなもんだと思う。
選考会で選ばれた者だけ、つまり結果を出さなければならない。
怪我もある。
ピークも過ぎるかもしれない。

ロンドン以降様々なデータがリレーにおいても取られ、選手同士の感覚の擦り合わせからデータ(数字や映像)活用へと変わってきている

桐生選手が10.10秒で走った時、追い風2.0m、60m付近で最高速11.51m/秒
どんな選手も最高速から落ちながらゴールする。
9秒台を出すには計算上最高速11.7m/秒以上が必要と言われている。
ウサイン・ボルト選手70m付近で最高速12.4m/秒、ほぼそのままの毎秒12mオーバーでゴールする。
桁外れ。

朝原先生は中学時代ハンドボールの選手。
この時にセルフマネージメントでは到底できない練習でメンタルな部分含めて成長できたが、燃え尽き症候群でハンドボールの「ハ」の字を聞くのも嫌なぐらい大嫌いになり、高校で陸上を始めた。

徐々に力を付けていきインカレで優勝できればとは思ったが、オリンピックまでは全く考えていなかった。

夢のまた夢だったが、当時知り合った奥野史子氏(現在の奥様)は既に大学時代には世界レベルで、2年生の時にバルセロナ五輪代表に選出された。

お付き合いしていたので、「一緒にオリンピックに行こう」と言われ、行けないんじゃないかと思いつつ「よし、絶対に行こう」と答えたが、内心「ちょっと、これ、オリンピックなんて・・・」と思っていたら予想通り彼女だけ出場。
結果彼女は銅メダルを2つも獲った。
そして帰国後はデートもままならないほど彼女のスケジュールが取れなくなり、親戚が増え、大変なことになり衝撃だった。
オリンピックでメダルを獲ることは凄いことなんだと。

オリンピックに出たい、そして今しかできないことに覚悟を決めて取り組もうと全力投球した。
彼女はそのキッカケになった。

大阪ガスに就職でき、プロ第一号のように扱ってくれたおかげで、ドイツ留学もさせてもらった。

1999年に左足くるぶしを疲労骨折という挫折も味わったが、およそ1年後のシドニー五輪に出場できた。
その後渡米し、自分よりもはるか上の選手たちとも一緒に練習。
その中で敵わないと思う反面、もしかしたらできるかもという感触や戦う方法も得られた環境だった。

そしてアテネ五輪、大阪の世界陸上。
大阪の世界陸上では大阪ガスの社員2000人の大応援団。

家族や会社など背負うべきものがあったことが人間的にも成長できた要因のひとつ。

そして36歳で迎えた自身最後の北京五輪で素晴らしいリレーメンバーと巡り合え、結果を残せたことはとても幸運なことだと思っている。

リレーは決勝に常連のように残りメダルを獲れるようになってきた。
100mはまだ決勝に進んだことはないが、リオでは山縣選手は決勝まであと40cm、100分の4秒の所まで来た。
何をし、どう戦うか。
2020年の東京オリンピックがとても楽しみ。
自分自身が日本の為に何ができるのかを考えながら。

さすがにメダリスト。
説得力はハンパありません。
やってやれないことはないと思わせてくれる前向きになれる内容です。
陸上ファンには堪らない。
そうでない方もマネジメントやモチベーションで多々参考になります。
また、高校生以下の若い人や子供たちには得るものが大きな内容ですし、「走り方教室」的なものもやっておられます。
実際に走りを見せることもあるようです。

 

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