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2016/02/19 為末大先生の講演を聴いてきました先生の実績紹介

2016/02/19 為末大先生の講演を聴いてきました

2016/02/19 為末大先生の講演を聴いてきました

都内ホテルで新規主催者様の講演会で為末大先生「ハードルを越える」と題しての講演を聴いてきました。

冒頭で新国立競技場の話、今取り組んでおられるいくつかのプロジェクトの紹介。

競技人生を通じ学んだ三つのこと
①自分でコーチをする(セルフコーチング)
大学へ進学するに当たり「コーチを付けないなら入学する」という条件を出した。
生意気なヤツだと言われたが、自分でコーチをしてみたい気持ちがとても強かった。
そして引退するまでこれを通した。

球技は得意ではなかったが子供の頃から足が速かった。
当時は足が速いと野球に誘われた。
が、バントやればバットに当たらない、外野を守らせれば球は取れなかったので出番は代走が主。
ほとんどホームまで還るので弱いチームが結構勝ってしまい市内でベスト4くらいまで行ってしまう。
すると審判団が鬼ごっこみたいで野球じゃないと翌年から1試合に盗塁は1回までとルール変更。
途端に「為末要らない」とクビ⇒陸上部へ。100m200mで日本一、100mは10秒6、当時の中学記録。
15歳の10秒6という記録を成長曲線に当てはめると22歳時点で9秒98になる。
しかし高校で身長体重(当時も今も170cm・65kg)がピタッと止まり伸び悩んだ。
この頃悩んでいた時の世界大会でたまたま400mハードルを目にし、短距離ではジャマイカの選手に敵わないがこの距離なら行けるかも、と始めた。
周囲からはもったいないから100mやった方が良いと異口同音に言われたが、終わりの始まりが見えていたので、だったら他人の言うことをきかずに自分でコーチもやればいいと思った。
自分自身で気付かなければならないセルフコーチングの難しさ。

ロジャー・バニスターが人類で初めて1600mで不可能と言われた4分を切った。
するとこの記録はすぐに破られ、新しい世界記録も次々に破られた。
どういうことなのか?
誰かが成し遂げるまでは誰もできないと思っていたことを、誰かが成し遂げた瞬間に自分にもできると思う、ということ。
人間の思い込みが記録の上昇の妨げになる。
限界まで全力でやっていると思っていることが認識(思い込み)の限界までしかやっていなかった。
やるべき時に没頭し打ち込む、そして俯瞰できることがセルフコーチングにとって重要

②失敗を乗り越える
転機になった初めてのシドニーオリンピックでのレース映像。
転倒し予選落ち。
いつもと違うフワフワ感。
オリンピック終了後1か月引きこもりのような状態。
その後練習を再開したが何も考えずにハードルを飛んでいた今までとは違い、ちゃんと飛ばなきゃとか引っ掛からないようにしなきゃと考えるようになった。
ゴルフで言うイップスのような状態。
心理的、技術的にどう乗り越えるか?
原因を徹底的に分析し突き止め、それらを克服するために日本ではなくエージェントを決め世界へ出た。
凄いと思っていた周囲の外国人選手たちも同じ人間で自分と変わらないんだと気づき、短期間で多くのレースを消化しなければならない状況に置かれた自分がハードルのことを一切考えずに走っていることにハッとし、ブレイクスルーできた。
この直後の世界陸上でファイナルに進み自身の日本記録を更新しシドニーから1年後のレースで日本人初の銅メダルを獲得できた。
そしてこの時の47秒89という日本記録は15年近く経った2016年3月現在でも破られていない。
この後人生が一変、人生観も一変した。
世間は今を見て物語を作り、今が良ければ全て良し、今が悪ければ全てダメ、と見られる。
ならば“今”をちゃんと生きよう、と。

③目的を探す
世界陸上後3~4か月は「ご褒美」を頂いたようなチヤホヤされた心地良い時間を過ごせたが、年が変わるとマスコミから「今年は何色のメダルを目指すのか?」とインタビューされるようになり、達成感に浸っていた自分と次に期待している周囲とのギャップに戸惑いを覚えた。
と同時に次の目標を決めなければいけないんだ、と。
同年の日本選手権でそこそこ良いタイムで優勝してもスタンドの子供から「あ~あ何だ日本新記録じゃねえのかよ」と言われ、周囲の期待が高い分、期待に応えられない自分のモチベーションをうまく保てなくなった。
目標を達成した後にさらに何を目指すのか、で悩んだ。
以前は女の子にモテたい、有名になりたい、お金が欲しい、でも自分には何もない、ハードルしかないんだ、ここで頑張るしかないんだと思っていた。
世界ランク8~10位で年間10レース、賞金での年収平均300~500万円。
1回TVに出て1レースの賞金に近いギャラを貰い、ヨーロッパでいくら走っても誰も振り向いてもくれないのに、OA翌日には道行く人が注目している現実があり、承認欲求は満たされたが、何のために走っているのかがわからなくなった。
そうして迷っていた時に父が食道がんでたった半年、54歳で亡くなった。
その中で父と色んなことを話しながら過ごし「人間は死ぬんだ」と強烈に記憶に焼き付いた。
言葉を変えると「いつか終わりが来る」、自分の場合は“競技人生”に重ねた。
あとわずかの競技人生を考えた時にフワ着いた生き方と何か一つ成し遂げる人生のどちらを選ぶか自分は後者を選択した。

都心の誘惑に負けない為に八王子へ移り住み、会社も辞め、プロとして賞金を稼いで食っていくと決めた。
1年ぐらいは苦労したが4年ぶりのヘルシンキ世界陸上でファイナリストとなり、再び銅メダルを獲得できた。
引退をして別の道を行ってもよかったが、もう少し奥を見てみたいと走ることを選んで良かったと思う。

メダルを獲った後の会見ではマスコミの人たちが100名近く、引退直前の練習にはたったの2名。
そんなようなことを幾度となく繰り返してくると、世間の評価と自分の喜びなどが一致し過ぎることが何と虚しいことかと思うようになった。
もっと早い現役時代にこのことに気付いていればもっと充実した現役時代を送ることができただろうと思う。

最後に「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という孔子の言葉で締め括られた。

感動のレースシーンのビデオあり、心理学に興味をお持ちなだけあり講演内で楽しいお遊び的な心理テストに聴衆の皆さんに参加してもらったりということもあり、為末先生のソフトな口調や声質と相まって場内は和やかな柔らかい雰囲気に包まれます。
コーチも無く、たくさんの挫折を乗り越え、日本人選手には絶対に獲れないと言われた世界陸上大会400mハードルで銅メダルを2回も獲得された為末先生はまさに「小さな巨人」。
徹底した自己管理、目標設定の仕方、それを達成するためのメソッド、スランプからの脱出方法、モチベーションを上げ維持すること、全て経営者にとって、あるいは高みを目指す会社員にとっても非常に参考になる内容だと思いました。
講演前に控室でお話しさせて頂くと、その好奇心の強さと知識欲に対する貪欲さに驚き、私に対しての質問攻めに答えていると、「良いお仕事ですね、為になる面白く興味深い講演をたくさん聴けるんですから」と言われ、「仕事とはいえ講演も聴け、先生ともお会いできてお話しも出来、現場に顔を出すと良い講師を紹介してくれたと主催者の方々にも感謝され喜んで頂ける上にお金まで頂けるのですから、一石何鳥にもなっていますね」とお答えさせて頂きました。

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