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「はやぶさ」計画にも携わった“宇宙の語り部”的川泰宣先生のご講演

「はやぶさ」計画にも携わった“宇宙の語り部”的川泰宣先生のご講演2019/08/06

ご無沙汰しております超人ハルクです。

遡ること2月の始め。都内にて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授でいらっしゃる的川泰宣(まとがわやすのり)先生のご講演を聴いてきました。

ご講演テーマは、「小惑星探査機「はやぶさ」の軌跡 ~人はなぜ宇宙をめざすのか~」。

「はやぶさの話だけでも真面目に話せば7年かかるので、ピンチに陥った時のこと、苦労話を中心にお話します」と、ご講演がスタートいたしました!

そもそも“はやぶさ”は、なぜ火星や土星などの太陽系ではなく、小惑星に向かったのか?

当時40万個といわれた小惑星は、45億数千万年前の物質がそのまま閉じ込められており、重力が小さく熱も発生しないため、変質せずに太陽の周りを回り続けていた。

昔のものがそのまま残っているこのサンプルを持ち帰れば、太陽系の昔のことが調べられると考え、アメリカやソ連も行ったことない世界初の計画が日本で始まった。

この計画は、技術的に8つの世界初を成し遂げなければならず、宇宙開発委員会にせせら笑われたが、「若い人たちがこういう無謀な計画にチャレンジすることは大変良いことだ。試験探査機だから、やれるところまでやってみなさい」とスタートを切った。

最初は岩だらけの小惑星(後の“イトカワ”)を目指すことに。

地球から点にしか見えない小惑星に近寄っていくこと(8つの世界初の内の1つ)は技術的に至難の業であった。また、何しろお金がなかった(希望額の1/4しか貰えなかった)。

そこで、「下町ロケット」のような世界、つまり大きなメーカーに頼まず、ダイレクトに町工場に頼むことにした。自分達で歩く苦労はあったが、コストの削減を図った。

小惑星のややこしさの根源は地球から遠いこと。直線距離にして3億km、太陽の2倍。

ぶつかりそうになって衛星で指示を出しても、避けられない(間に合わない)ため、

鉄腕アトムのように自力でなんでもやれる(自律航法)プログラムを作る必要があった。

小惑星に降りていく時、最初に目印を落とし、そこに向かって降りていくのが良い。

どういった目印にすべきか?小惑星は、重力がほとんどなく、弾むと脱出してしまう。

弾まないためにどうすれば良いだろうか?

飲み屋で出会った町工場の職人さんが、お手玉を見本に例えてくれた。

お手玉は落ちるときに小さい粒同士がぶつかり合い、弾む力が残らない。どんな材料で作るかではなく、中に何を詰めるかが大事とし、結局作ってもらえることとなった。

最終的に“ターゲットマーカー”というソフトボール位の大きさの目印を落とした。

このように“はやぶさ”は、みんなで手分けをし、安く軽く性能が良い多数の部品で作られている。最終的には150~160もの町工場の技術が使われており、技術はもちろんのこと、強いネットワークが大変役立った。

では、どうやって欠片(サンプル)を拾おうか。

お金がなく、探査機も大きく出来ない。30人位の若いチームが議論に議論を重ねた。

長い筒の先が接地した瞬間に弾丸を発射し表面を砕き、舞い上がったほこりをカプセルに収納する。これが確実で、しかも軽い、最良の策とされた。

“はやぶさ”を打ち上げた日は、2003年の5月9日。

打ち上げの1~2週間前に投票にて名前を決める。第一候補は“アトム”であったが、原爆を思い起こさせると候補から外され、第二候補の“はやぶさ”となった。

“ハヤブサ”は目が良く、遠くから獲物を狙い、すばやく巣に帰っていく鳥で、この探査機に非常によく似ていたからだ。

一方、小惑星は満場一致で“イトカワ”と名付けられた。日本のロケット開発の第一人者であり、的川先生の大学院のころの指導教官でもあった糸川英夫先生に由来している。

“はやぶさ”が“イトカワ”に到着したのは、2005年9月。

だが、12月には戻らないと地球に帰れないため、短期決戦であった。

11月19日午後9時、重力と複写圧を使い、ゆっくりゆっくり秒速4センチの速さで降下を開始した。途中でターゲットマーカーを落とし、「あとは“はやぶさ”にすべて任せるよ」と指令を送り、見守った。

“はやぶさ”からは高度のみが伝えられる。「5m、4m、、、1m」の後に-1mと記録された。-1mが意味がわからず、「残念ながら着陸できなかったようだ、弾丸も発射されなかった」と発表した。

データを解析してみると“はやぶさ”がバウンドしており、このバウンドにより遠ざかったため、マイナスと記録されていたのだった。

こうして第1回目は失敗に終わるも、11月26日に第2回目の着陸が始まった。

「無事に着陸、成功したから帰ろう」となるも、今度はガスジェットが誤作動、ガスが100%出尽くした。コマが3つ故障しており、代替のガスジェットも使えなくなったため、姿勢制御できず、帰れなくなってしまった。

しかし、皆は諦めなかった。毎日徹夜をしながらアイディアを出しあった。

押す能力しかなかったイオンエンジンを使い、わずかに回転をかけ、起死回生を図った。

さらに、12月8日には、通信が途絶えるという最大のピンチが訪れた。

7か月ほど、1ビット通信で探し続け、ついに地球に戻る軌道にのせることができた。

「この原動力は皆の目標が高いところで共有されていたこと」と的川先生は考えている。

ようやく帰れる・・・!と思いきや、最後まで一筋縄にはいかず!笑

ここだけの“はやぶさ”のお話。動画を交えた最後のエピソードはぜひご講演で💡

とってもチャーミングな的川先生❤帰りの電車の中でも楽しくお話してくださいました❢

最近は“はやぶさ2”のニュースもあり、タイムリーですよね!

皆様からのお問い合わせ、ご依頼、お待ちしております☏

 

的川泰宣先生のプロフィールと講演依頼はこちら

 

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