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与田 剛先生の実績紹介

2014年7月19日(土) 与田剛先生の講演を聴いてきました

2014年7月19日(土) 与田剛先生の講演を聴いてきました

埼玉県内で弊社のお客様ご主催講演会で与田剛先生の「野球リーダー論 WBCの舞台裏」というテーマでの講演を聴いてきました。

十分に余裕をもって向かった私よりも早く会場にお入り頂き、私の携帯へ既に会場入りし喫茶店でお茶を飲んでいる旨わざわざご連絡を下さり、やはりスポーツの世界の方々はそういう所をきちんとして下さいますので助かります。移動も一番間違い無いからと地下鉄と在来電車を乗り継いでお一人でお越し下さいました。
喫茶店に着きますと他のお客さんやお店の人たちと記念撮影したりサインをしてあげたりと常にニコニコされ時間の許す限り応じておられました。
そして控室へ移動後もお世話をして下さる妙齢のご婦人方にも同様に応じておられました。

11年間の現役生活、引退して14年、NHKの野球解説をお聞きになった方によく「与田さんの声は“寝心地が良い”いや、“居心地が良い”」と言われると軽~くボケられ上手く場内を一瞬で和やかにされました。
私は与田氏の声質はとても聴きやすく、講師に向く良い声、トーンだと思います。講演の中ではちょっと自虐的に仰いましたが耳触りが良いということに他ならないのですから間違いなく長所だと思います。

NHKのサンデースポーツで2年間キャスターをしていた時に生放送で汗をかきながら「ダルビッ“チュ”」と言ってしまった失敗談も披露されここでも笑いをしっかり取られた。キャラにありませんのでウケることウケること。

元来人前で喋ることが苦手で講演は言わずもがな、ただ講演で困った時には先輩からのアドバイスで「剛、他人の“悪口”を言え」と言われた。「今日は星野仙一さん、野村克也さんの悪口をたっぷり言わせて頂きます」と畳み掛けるように更にウケを取り、聴衆の心を鷲掴み。

1989年中日ドラゴンズ(=星野仙一氏)に1位指名された。星野さんと言えば毎年理想の上司のアンケートで上位に入っているがその結果を見るたびに「命知らずな人がいるもんだな」と思った。皆さんのイメージ通りの方。星野監督曰く「わしは撫でとるだけや」、「撫でて血は出ませんよ」と思いながら。

星野監督に腰の難病が発覚した時に我々ドラゴンズOBは「やっと弱ったな」と言っていたが、さすがに心配になり電話したらかなり痛いと仰っておられたがその後ニュースで「手術成功」を知り安堵した。星野監督にはいつまでもお元気でユニフォームを着て大きな顔で威圧感を与えながら野球界を引っ張って欲しいと思う。

ドラゴンズ入団時に先発ピッチャーで使うという約束で契約。開幕一軍が決まり開幕直前に監督室に呼ばれ「おい、抑えをやれ」と言われ、大きな声で堂々とは言えないので小声で怯えながら「契約書に先発で使うというサインが・・・」すると「そんなもん取ったら関係あるか!」という一言で野球人生がスタート。慣れないポジションで何度も痛み止めの注射を打ち薬を飲み、これがプロ野球なんだ、1年間戦っていかなければならない、休みも無いという中で結果的には2つのタイトルを獲ることができ、多くのチームメイトに守られて1年目のシーズンを終えることができた。
しかし2年目以降実力も無くなり、怪我をし手術もし成績が残せなくなり、気が付けば千葉ロッテへのトレード、これはもうドラゴンズには要らないということ。2年間お世話になったが自由契約に。事実上のクビ。
日本ハムファイターズのテストを受け運良く合格。しかし眠れないほどの肘の痛み、手術。そしてまたクビ。

もう一度再起を目指し阪神タイガースのテストを受けそこで野村監督に出会う。星野監督とは対照的に“言葉の暴力”とでも表現すれば良いのか、ブツブツ言いながら反応を見て品定めし、組織を作っていく。
そして何とか阪神タイガースに合格。これでまた野球ができる、家族を1年間養うことができるとホッとした瞬間だった。
野村監督から大切な言葉を頂いた。「人間生まれ以て不公平、不平等なものだ。しかし時間だけは平等にある。」、もう一度時間の使い方をよく考えて1年間頑張りなさいと言われた。結果を出すことはできなかったが多くの方にたくさんのものを貰い11年間の野球生活を終えた。

引退を決めた時にどうしても星野監督に訊きたいことがあった。
歳は3つ下で同じ投手としての凄さを知っていた野茂英雄投手と同期だったがその野茂投手を指名せずドラゴンズは単独指名してくれ非常に嬉しかった。
電話し、家に来いと言われ、伺いこの時とばかりに星野監督に訊いた「なぜあの時僕だったんですか?」じっと顔を見つめ真顔で「やっぱり野茂やった」と。思わずへへっと笑ってしまった。
その後「剛、俺はお前みたいな奴と野球がやれて良かった」と言われ、スッキリしたと同時に「私もあなたと野球がやれて良かった」と思った。

2009年WBC(ワールドベースボールクラシック)で優勝した年、東北の料理屋でコーチだった与田氏の為に開いてくれた壮行会で、女将さんから「あんた強そうだね、チャンピオンなんだろ?」と言われボクサーと間違えられた。

2008年10月、携帯が鳴り知らない番号からだったので出ず、留守電を聞くと「巨人軍の原です。電話を下さい。」と爽やかな声で入っていた。
大の巨人ファンの私は一瞬もしかしてジャイアンツのコーチ?ととんでもないことを思ったが、生え抜きしかなれないはずだから何だろう?と思いながら折り返すと「与田君忙しい所ごめんね、一緒に侍ジャパンのユニフォームを着ようよ」と爽やかに言われ、全くの想定外だったので「ええっ!!はい!!」と大声で思わず言った。NHKとも相談するように言われたが即答でよろしくお願いしますと伝えた。
原監督とはほぼ接点が無かったが実績ある先輩方や後輩ではなく自分を選んで声を掛けて頂き非常に光栄な気持ちでWBCに参加した。

年が明け2009年、イチロー、松坂らそうそうたるメンバーが集まり宮崎キャンプ。
原監督の指導法をじっくり観察しようとキャンプがスタート。
とても人当りが良い原監督に対し慣れとお酒も手伝い緊張もほぐれた食事会の席で「シーズン中怒ったりしないんですか?」と訊いたら、美味しそうに焼酎を飲みながら赤い顔で「う~ん、僕はね顔はやらないんだよ」とニッコリ笑って仰った。

キャンプが始まり、原監督がコーチミーティングの時に「茶髪の侍はいないよね、各コーチ、選手にしっかり伝えて下さい」と話があり、メインのピッチングコーチは山田久志さんで私はブルペン担当だったので山田さんが選手に言うのかと思ったら「剛、頼んだね」と言われた。
ピッチャーで茶髪は当時西武の涌井とダルビッシュ。練習前に2人を呼び、涌井は「髪の毛でしょ?東京に帰ってからでいいですか?行き付けの美容院が青山なもんですから」
そして横にいた196cmのダルビッシュが183cmの私をニコニコしながら見下ろし「僕、ハーフです」と。
でも2人ともちゃんと黒く染めて本大会に参加してくれた。

茶髪ではないが巨人の村田(修一)が稲津のような刈り込みを入れていて、原監督が「俺が言うから」と言われたので、後でどう言ったのかを聞くと「修(しゅう)、凄いね~その髪の毛、俺の知り合いではプロレスラーぐらいしかいないかな?」と言ったら翌日ちゃんとしてグラウンドへ来た。
おそらく星野監督だったら殴って蹴って・・・、野村監督だったら黙って使わない・・・だろうと。

様々な困難を選手が一体となり克服し、フォア・ザ・チームで世界一になれた。
褒章やメダルやチャンピオンリングなど頂き、思い出深いWBCとなった。
さすがにチャンピオンリングを指にはめて歩くと街金の人のようになってしまうので家で時々出してきてはニコニコして見ている。

自身2度目のWBCはメジャーリーガーをメンバー入りさせられず優勝出来なかった。
この時山本浩二監督、東尾理コーチ。負けると酒の飲み過ぎだとかギャンブルのやり過ぎだの言われた。
山本監督は優しい監督で選手たちが孫に見えると言っていた。

接してわかった一流選手の共通点
「素直さ」「気付き」

松坂投手は日韓戦の時に立ち上がりから調子が出なかったが、3回のマウンドに上がって投球練習をしている時に自分の歩幅を測っている姿をブルペンのモニターで見て「気が付いたな」と思い、その通り見事に修正し良いピッチングをした。
試合が終わり練習場に戻ってきた松坂に「お疲れさん、大輔さぁ」と声を掛けるとすかさず「(ステップ幅が)短かったでしょう」と言った。

イチローに訊いたことがある。
「天才、天才って言われてるけど当の本人はどうなの?」と、するといつものようにじっと誤解の無いように言葉を選んで話し「僕は天才だと思っていません。もし天才だと言われるとするならやらなければいけないという義務感が無いこと、それが天才かもしれません。」と答えてくれた。
マリナーズでイチローは誰よりも早く球場入りし走り、練習し、全体練習に参加し、直前練習もし、こんなにも練習するのかと本当に驚いた。

息子も野球をやっていたが今はもうやっていない。
息子には「どんなに頑張ってもうまくいかないことがある」ということを学んでおくようにと以前から言っている。
社会に出て上手くいかない時に「そりゃそうだろ、そんなに簡単に結論出る訳無いよな、やり方が悪いのか、時間が足りないのか」とスポーツに置き換えて考えられるはずだから、と。

最後に現役時代が重なっている落合博満元ドラゴンズ監督とのエピソード。
ある試合でピンチを作ってしまいショートが立浪、キャッチャーが中村、二人とも後輩。この二人がマウンドに人が集まることで弱々しく見られることが大嫌いな私の所(マウンド)に来ようとしたので「来るな!」と言うと、後ろ(ファースト)から「俺に言ったのか?」と落合さん。「とんでもありません」と言うと立浪と中村に「お前達(ポジションに)帰れ」と言いながらマウンドへ来て「どうしたんだ?何カリカリしてるんだ?剛、ネット裏見ろ」と言われ見て「見ました」と返すと「どのあたりにどんな服着たどんな人がいたんだよ?」と言われ再びよく見ると信子夫人とまだ小さな福嗣君が座っていた。「ご家族でいらっしゃってるんですね。」「お前な、◯○時に食事の約束があるんだよ。」と言われ時計を見ると既に30分以上過ぎていたので「過ぎてますね」と言うと「早く終わらせろよ」と言われ、誰がバッターでどんな球を投げようかと考える余裕も無く、とにかく早く終わらせなきゃと急いで投げて早く終わらせることができた。決して信子夫人の顔を見て癒された訳ではありません。
後で振り返るとピンチの時にお前何やってるんだ、ここへこういう球を投げればいいだろと言われても、(もっともそれが出来ていたらピンチにはならないが)余計収拾がつかなくなることをわかっていて全く想像の付かないことを言ってゲームを終わらせることに集中させることで冷静にさせてくれたのだと思う。
こういう所は星野さんにも野村さんにも無い。

講演終了後に質疑応答の時間を取って下さり一つ一つ質問に丁寧に答えて下さり、お客様が会場から出られるのを待ってステージ上で皆さんとの記念撮影にも快く応じて下さり、その様子を見ながらまだ質問したいと待っておられた野球少年の親御さんたちにもアドバイスと記念撮影までもお付き合い下さいました。
きっと苦労人で元々人柄も抜群に良いからなのでしょう、最後の最後までとことん様々な要求に応じて下さり、本当に頭が下がる思いでした。

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