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朝原 宣治先生の実績紹介

2016/9/2 朝原宜治先生の講演を聴いてきました

2016/9/2 朝原宜治先生の講演を聴いてきました

9月2日に都内で、弊社お得意様ご主催で、朝原宜治先生「夢を追いかけて ~諦めなければ夢は叶う~」と題しての講演を聴いてきました。

リオ五輪の余韻タップリのタイムリーなタイミングで、正にベストチョイスの講師でした。

控室で朝原先生とお話しする中で、「今100mをどのくらいのタイムで走れますか?」と訊ねましたら「12秒台でしょう。ただ一週間トレーニングすれば11秒台、6か月トレーニングすれば10秒台は出せます」と自信満々に答えられ驚きました。
朝原先生は既に44歳ですから。
ただ最後に笑顔で「6か月もトレーニングできませんけどね」と言われたので少し安心しました。

さて講演の方は、まずリオのリレーの話から。
リオの400mリレーチームが銀メダルを獲得。

北京の時は先輩たちの思いや技術や経験を引き継いで、ここ(銅メダル)まで我々は来たということを、本音でメンバー皆が言っていた。

リオにもバトンを繋ぐために様々なことが引き継がれてきている。

リレーはタイムが速い者だけ集めれば良いというものではない
第一走者からアンカーまでそれぞれ特徴があり、それを上手く活かせたら良いパフォーマンスに繋がる。
北京とリオでのそれぞれのメンバーの役割と特徴の解説。

今年のリレーメンバーはサブがとても充実していた。
怪我をしたり調子が悪いと代えられるかもしれないという危機感をメンバー同士が持ち、良い緊張感の中でオリンピックを迎えられた。

現在のリレーチームはもの凄い良いチームになりつつあり、若手もどんどん育ってきており2020年の東京が楽しみ。
もしかしたら金メダルが現実になるかもしれないくらい。

「バトンパスについてはリオ五輪期間中にTVで100回くらい説明したので割愛します」とウケを取られ、日本チームのバトンパスの何が凄かったかを具体的に解説。
また、自身のロンドンの時との違いも。

リレーでのバトンは1走は右手、2走は左手、3走は右手、4走は左手に持ったままというのが主流。
アンカーのウサイン・ボルト選手だけはバトンを持ち替える。
その方が走り易いかららしいが、本来はタイムロスに繋がる無駄な動き。

アメリカチームはバトンパスが超下手。
北京五輪の時にはバトンを落とし失格に。
何とこの時のアメリカチーム(男女ともに)のゼッケンが手書き。
オリンピックではあり得ないこと。

帰国後、日本のリレーチームが外国人記者クラブに招かれた時、この4人で東京オリンピックに出場する確率を訊かれ「40%」と答えていた。
4年後に皆いるのかと思うと、そんなもんだと思う。
選考会で選ばれた者だけ、つまり結果を出さなければならない。
怪我もある。
ピークも過ぎるかもしれない。

ロンドン以降様々なデータがリレーにおいても取られ、選手同士の感覚の擦り合わせからデータ(数字や映像)活用へと変わってきている

桐生選手が10.10秒で走った時、追い風2.0m、60m付近で最高速11.51m/秒
どんな選手も最高速から落ちながらゴールする。
9秒台を出すには計算上最高速11.7m/秒以上が必要と言われている。
ウサイン・ボルト選手70m付近で最高速12.4m/秒、ほぼそのままの毎秒12mオーバーでゴールする。
桁外れ。

朝原先生は中学時代ハンドボールの選手。
この時にセルフマネージメントでは到底できない練習でメンタルな部分含めて成長できたが、燃え尽き症候群でハンドボールの「ハ」の字を聞くのも嫌なぐらい大嫌いになり、高校で陸上を始めた。

徐々に力を付けていきインカレで優勝できればとは思ったが、オリンピックまでは全く考えていなかった。

夢のまた夢だったが、当時知り合った奥野史子氏(現在の奥様)は既に大学時代には世界レベルで、2年生の時にバルセロナ五輪代表に選出された。

お付き合いしていたので、「一緒にオリンピックに行こう」と言われ、行けないんじゃないかと思いつつ「よし、絶対に行こう」と答えたが、内心「ちょっと、これ、オリンピックなんて・・・」と思っていたら予想通り彼女だけ出場。
結果彼女は銅メダルを2つも獲った。
そして帰国後はデートもままならないほど彼女のスケジュールが取れなくなり、親戚が増え、大変なことになり衝撃だった。
オリンピックでメダルを獲ることは凄いことなんだと。

オリンピックに出たい、そして今しかできないことに覚悟を決めて取り組もうと全力投球した。
彼女はそのキッカケになった。

大阪ガスに就職でき、プロ第一号のように扱ってくれたおかげで、ドイツ留学もさせてもらった。

1999年に左足くるぶしを疲労骨折という挫折も味わったが、およそ1年後のシドニー五輪に出場できた。
その後渡米し、自分よりもはるか上の選手たちとも一緒に練習。
その中で敵わないと思う反面、もしかしたらできるかもという感触や戦う方法も得られた環境だった。

そしてアテネ五輪、大阪の世界陸上。
大阪の世界陸上では大阪ガスの社員2000人の大応援団。

家族や会社など背負うべきものがあったことが人間的にも成長できた要因のひとつ。

そして36歳で迎えた自身最後の北京五輪で素晴らしいリレーメンバーと巡り合え、結果を残せたことはとても幸運なことだと思っている。

リレーは決勝に常連のように残りメダルを獲れるようになってきた。
100mはまだ決勝に進んだことはないが、リオでは山縣選手は決勝まであと40cm、100分の4秒の所まで来た。
何をし、どう戦うか。
2020年の東京オリンピックがとても楽しみ。
自分自身が日本の為に何ができるのかを考えながら。

さすがにメダリスト。
説得力はハンパありません。
やってやれないことはないと思わせてくれる前向きになれる内容です。
陸上ファンには堪らない。
そうでない方もマネジメントやモチベーションで多々参考になります。
また、高校生以下の若い人や子供たちには得るものが大きな内容ですし、「走り方教室」的なものもやっておられます。
実際に走りを見せることもあるようです。

 

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